ご挨拶

 
会長/藤井 幸彦
 この度、伝統ある日本定位・機能神経外科学会の第60回となる記念大会を開催させていただくことを大変光栄に存じております。日本脳神経外科学会の関連学会の中で最も歴史のあるこの学会を新潟の地で開催するのは今回がはじめてであり、大変名誉なことであるとともに、実りある学会にすべく、スタッフ一同身の引き締まる思いであります。
 パーキンソン病に対する外科治療の歴史を顧みると、本邦では1952年6月4日に故楢林博太郎先生が第一例目を施行されました。右半身の高度の振戦と筋強剛を有する27歳の片側パーキンソン病の男性で、淡蒼球手術の直後から症状が消失し、正常な右手の動きが可能になり、楢林先生は40数年たってからもそのときの衝撃的な印象がありありと思い出されると述べられています(「錐体路への歩み」、楢林博太郎)。その後1969年頃からl-dopa療法が開発され、パーキンソン病に対する定位脳手術症例は減少しましたが、l-dopa療法の限界、副作用が問題となってくる中、1992年にLaitinenらが後腹側淡蒼球破壊術を報告してから、定位脳手術が再び見直され広く行われるようになりました。新潟の地では、楢林先生のご指導のもとに1995年から国立療養所西新潟中央病院(現在の国立病院機構西新潟中央病院)で定位脳手術が開始されました。そして1990年代後半から破壊術に変わって、現在の脳深部刺激療法(deep brain stimulation: DBS)が主体となり、ターゲットも主に視床下核に変更されてきました。ここ数年では、刺激電極や刺激装置そのものに改良が加えられ、directional leadの出現、プログラマーの改良など、めまぐるしいスピードで進化しています。またDBSの対象疾患も海外では様々な精神疾患まで広がり、難治性のてんかん症例にも応用されています。
 定位・機能神経外科分野は、楢林先生をはじめとして、たくさんの先生方が最初の治療法の確立にご尽力され、また、その後の治療方法の進歩、発展に関わった先生たちもたくさん加わり、まさに山奥の「源流」からたくさんの支流が合流してきて、今「大海」へ注ぎ込もうとしている時期ではないかと思っています。
 学会が開催される朱鷺メッセは、信濃川の河口に面しています。信濃川は日本百名山の一つである山梨、埼玉、長野県の国境にそびえる甲武信ヶ岳を源流として、さまざまな支流を合流させ、日本海という大海に流れ込む日本一長い大河です。「源流から大海へ」の意味は、今までの定位・機能脳神経外科学会の歴史を顧みて、また現時点での立ち位置を確認し、さらに今後の未来を展望できるような学会にできればという思いを込めてテーマにさせていただきました。このテーマに沿った特別企画、特別講演、さまざまなシンポジウムを企画しております。
 1月の新潟は寒い時期ではありますが、新鮮な食材が多く、おいしい日本酒も豊富です。学会での活発な御討論とともに、冬の新潟を十分お楽しみいただければ幸いです。多くの方のご参加を心からお待ちしております。

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